『リズと青い鳥』の感想と演出考察
はじめに
最初の投稿内容は映画『リズと青い鳥』の感想について.
京アニ作品の『響け!ユーフォニアム』は個人的に大好きな作品だったので,映画で続編をやるというお話を聞いた時には非常に嬉しく,さらに『聲の形』スタッフでやるというのを聞いて大変驚いた覚えがあります.
今回の映画はTVシリーズのその後のお話.
TVシリーズの主人公であった久美子たちは2年生になっています.また,新入生の馴染み具合から見て,部活動が落ち着いた5~6月頃からのお話でしょうか?
原作小説には明記されているのかもしれません.すいません,私はまだ読んでおりません(>_<)
このような環境の中で,TVシリーズでも1度取り上げられた鎧塚みぞれと傘木希美の関係にスポットライトを当てたスピンオフ作品となっています.
映画のパンフレットで山田監督がおっしゃっていますが,この作品は「途中から途中を描く物語」となっており,TVシリーズのように大きな出来事や熱い展開は見られません.
しかし,その分みぞれと希美の内面や繊細な2人の関係が色濃く表現されおり,終始じりじりと心を焦がされるような感覚に陥ります.
映画の公開日より向こう数日は胸部の低温火傷を訴える患者が全国の皮膚科に殺到したことでしょう.
時にはキャラクターの目線に合わせたレイアウトでそのキャラクターに没入しているかのような感覚に,時にはロングショットでキャラクター同士の関係を見守るような感覚に…
さまざまなカメラワークと被写界深度を巧みに操って,映像自体がみぞれと希美の微妙な関係性を訴えかけてくる作品となっています.
また,薄い擦りガラスのような世界観に西屋さんの細い線と微細で少女らしいキャラクターデザインがマッチしており,牛尾さんの繊細な劇伴がエモーショナルなストーリー性を加速させます.
個人的な意見ですが横顔の鼻頭が丸みを帯びたキャラデは非常に好みです.超かわいい.
初めて『聲の形』スタッフでユーフォの続編をやると聞いたときは「は?」と思いましたが,いざ劇場に足を運んでみると,この采配は絶妙であり,秀逸です.
このスタッフ采配がどなたの意図なのかは分かりませんが,正直エモいです.
目次
作品情報
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さて,それではここから本編の気になったシーンを取り上げていきます.
※作品の内容についても触れるので,まだ作品を見ていない方はご注意ください.
感想・考察
校内で繰り広げられる物語
この作品ではほとんどの出来事が学校の中で起きます.「縣祭に行こうか」という話題や「プールに行った」という事後報告はありますが,キャラクターが校門の外に出るのは最後のみぞれと希美が下校するシーンのみとなっています.これは校内を大きな鳥かごに見立て,みぞれが鳥かごから飛び立つ様を描いたからに他なりません.ですから,最後のみぞれが自ら校門くぐり,希美と一緒に下校するシーンは非常に印象的でした.このシーンではみぞれと希美を真後から映すことで,本当は若干後ろを歩いているみぞれが希美の隣を歩いているかのように見せています.
また,劇中で使用される校内の音は,牛尾さん自ら,舞台のモデルとなった莵道高校に足を運んで録音したものらしく,視聴者をあたかもその場にいるかような錯覚に陥らせてくれます.
さらに,作中の音楽がキャラクターの心情を代弁しているシーンも随所に見られます.例えば冒頭の希美登場シーンでは草木が一斉にざわめき,小鳥たちのさえずりが活発的になることで,みぞれの嬉しさや気持ちの高揚などを表しているのでしょう.
多用される足元のカット
この作品では主にみぞれが主体となって話が進んでいきます.
そのため,俯きがちなみぞれの視点を表現するような足元のカットが多く用いられています.また,みぞれが登場しないシーンでも足元のカットが頻繁に登場し,足の仕草などでキャラクターの個性や心情を伝えてくれます.
これは山田監督の代名詞とも言える表現方法ですよね.
希美の後を追うみぞれ
この作品は,一足先に登校したみぞれが校門付近で希美を待つシーンから始まります.希美が到着すると,その背中を追うようにみぞれが歩き出します.上履きを取り出すのも,角を曲がるのも,ウォータークーラーで水を飲むのもすべて希美が先.みぞれは時折希美の振り子のように踊るポニーテールを眺めながら,みぞれの行動を全く同じようになぞって行きます.
真横から描かれたロングショットでは並んで歩く2人の間に少々距離があり,俯き姿勢で歩くみぞれが胸を張って歩く希美に,見えない糸で引っ張られているようにも見えます.
また,このシーンでは2人の足音が強調されており,カツンカツンとメロディを奏でるように廊下に鳴り響きます.ですが,リズミカルに繰り出される2人の足音は一向に重ならず,ついにはバラバラのまま音楽室に到着してしまいます.この後も何度か2人で歩くシーンがありますが,いずれも足音は一致しません.
希美を見上げるみぞれ
こちらも冒頭ですが,階段を先に上り切った希美をみぞれが見上げるシーンがあります.このとき,みぞれの視界には希美の足元しか映っていませんが,カメラは酷く傾いており,ピントもずれてぼやけています.
これは,みぞれから見て希美が手の届かないほど遠く,絶対的な存在であることを表しているのでしょう.
しかし,同時にカメラが傾いていることから,希美がいつその立場から転げ落ちてしまってもおかしくないという彼女の危うさも併せて表現していたのかもしれません.
もしくは,希美の隣を歩きたい,もっと近くにいたいというみぞれの心の表れが希美を下のフロアへ誘うような傾きに繋がったと考えることもできるでしょう.
希美が言った「だって…」の続き
音楽室に到着した希美とみぞれは課題曲に選ばれた『リズと青い鳥』の話をし始めます.希美はこの曲が課題曲に選ばれたことを喜び早く本番で吹きたいと話します.この後に続く「だって…」と言う台詞.結局その続きは明かされませんが,私は「だって,(フルート(希美)とオーボエ(みぞれ)のソロパートがあるから)」だと思っています.いえ,「(リズと青い鳥が私たちに似ているから)」だったかもしれませんね.
続きはどうあれ,希美の真意に気付くことができなかったみぞれには吹奏楽部の最後の大会,つまり,みぞれが希美との唯一の繋がりだと思っている吹奏楽部の終わりを希美が自ら望んでいるように映ってしまいます.
この場面の2人の演奏のピッチが微妙にずれていることからも2人の気持ちの食い違いが読み取れると思います.
触れることができないみぞれ
作中では希美がみぞれに触れることは合っても,みぞれが希美に触れることやお互いの意思で触れ合うことはほとんどありません.序盤のみぞれが希美にもたれかかろうとするシーンは希美が寸でのところで立ち上がってしまいますし,みぞれから希美への『大好きのハグ』の要求も断られてしまいます.
そのくせ希美はさりげなくみぞれの腰に手を回していたり,頭をポンポン撫でたり,気軽にみぞれにボディタッチします.
これは希美のみぞれより少しでも優位な立場にいたいという表れであったと捉えられます.
また,軽いボディタッチなら大丈夫だけれど,真摯に向き合ってみぞれの気持ちを受け止めることができない,大事な存在だからこそ近づくのが怖いという気持ちから無意識に避けてしまっていたと見ることもできますね.
冒頭の音楽室前でお互い近づこうとしては離れるというもどかしい距離感が何とも言えないふたりの関係をよく表していたと思います.
少し話は変わりますが,みぞれが『大好きのハグ』を断られるシーンではみぞれと希美の間に廊下の柱が立っています.これは2人の気持ちの分断を現実世界で空間的に演出していたものだと考えられます.
『リズと青い鳥』の原作
作中の希美は『リズの青い鳥』の絵本しか読んでいる描写がありません.それに対してみぞれは希美から借りた絵本を読み,その後,原作の小説を何カ月もかけて読み込んでいます.このような場面からみぞれの(おそらく無自覚だと思いますが)吹奏楽に対する努力量を暗喩しているのではないでしょうか.
また,3年生4人組が音楽室で会議をしているシーン(縣祭へ行く約束をするシーン)では,みぞれがピアノを弾いているのに対し,希美は机に向かって会計処理をしています.これもみぞれと希美の音楽的なポテンシャルの違いを暗喩しているように感じます.
『リズと青い鳥』の世界観
絵本もしくは小説の中の世界観は背景が水彩調になっており,現実との区別がつきやすいようになっています.影も黒ではなく濃い色味で表現されています.
作中の極めて写実的な表現とは対照的にアニメ的な表現を多用している絵本パート.声優にも子役が抜擢されており,本業が声を当てている現実パートと比較して違和感を覚えた方もいるかもしれません.しかし,この違和感が狙いなのだとしたら...
絵本パートの主要人物である「リズ」と「少女(青い鳥)」の関係は言うまでもなく,みぞれと希美の関係そのものです.ただ,現実と違うのは,絵本では純粋な愛のみ表しているということ.その他外乱となる感情は描かれず,私たち視聴者がこの作品を観るまで思っていたみぞれと希美の関係,他の登場人物から見たみぞれと希美の関係のみが抽出されて描かれているということです.さらに言えば,みぞれと希美のこうありたいと思っている理想的な関係なのかもしれません.しかし,この絵本パートは私たち,彼女らが思うユートピアであり,現実にはもっと暗い,依存や嫉妬などの感情が渦巻いています.
そのため,作中で挿入される絵本パートは現実の物語に則しているようでそうでない,2人の感情を昇華した,現実とは乖離してた世界としてわざと抽象的な表現法を採ったのではないでしょうか.また,子役を採用したのもその純粋さを表現するためと考えれば腑に落ちると思います.
もちろん話題作りという側面も少なからずあると思いますが...
さらに,絵本パートの劇伴には実際に吹奏楽部が演奏している『リズと青い鳥』の演奏曲が使用されており,音楽から情景が浮かんできたかのような錯覚を味合わせてくれる演出となっています.
余談ですが,絵本パートの序盤で描かれる,リズがベッドに入った後に自分の履いていたスリッパの向きを変えるカットが個人的にとても好きです.あのような細かい仕草にキャラクターの本質が滲み出るのだと思います.
それから,みぞれが思い浮かべる過去シーンについてです.この過去シーンではキャラクターも含め,タッチが水彩調となっています.これは過去の思い出がみぞれにとって心の支えとなっている一種の理想像,絵本の世界に近いものであるということを暗に表しているのではないでしょうか.
みぞれの髪を触る癖
作中のみぞれは,返答に困ったときや気不味い時に自分の髪の毛を触る癖があります.京アニ手掛ける『氷菓』のTVシリーズ主人公の折木奉太郎も同様に,考えるときは前髪を触るという仕草が描かれていました.こういった決まった癖はキャラクターの心情を視聴者に自然に分かりやすく伝えることができるので,個人的にとても好きです.
リズとみぞれを重ねる
本作の序盤ではリズとみぞれを重ねるようなシーンがいくつかあります.
- 中学生時代,積極的にみぞれに声を掛ける希美
- 無邪気に走る希美の背中を見るみぞれ
→絵本の世界の落ち着いたリズと無邪気な少女(青い鳥)と重なる
- フグに餌をあげるみぞれ
→森の動物にパンをあげるリズ
このような摺り込みでみぞれ=リズ,希美=少女と思わせることがこの物語の大きな鍵となっています.
前々項で書いた「リズが自分のスリッパの向きを変えるカット」も冒頭の上履きをきちんと床に置き,丁寧に履くみぞれ(希美は床に放り投げている)と対になっているようで,みぞれ=リズという視点へ自然に誘導しています.
剣崎梨々花について
シリーズ初登場の新1年生キャラクターで,みぞれと仲良くなりたいと願っている本作品のキーパーソンです.
このキャラクター自身や先生が「よろい...剣崎」と苗字を言い間違えるところから察するにみぞれ(苗字が鎧塚)と何かしらの関係があるのでしょう.これは以後の作品もしくは原作で明らかになるのだと思います.
また,このキャラクターの作中での悩みは作品としてもそれなりの比重で描かれています.山田監督の前作である『聲の形』では将也と硝子の関係に焦点を当て,原作で登場する他のキャラクターのエピソードをほとんどカットしていました.しかし,本作品ではサブキャラクターである梨々花にもしっかりスポットライトを当てたことで,みぞれの心情変化や言動の動機がより明確になりストーリーがより濃厚になっていたのではないかと思います.
もしこのキャラクターがさらりと流されてしまう構成だったら,みぞれと希美の関係に亀裂が入るシナリオがもっと淡白なものになってしまっていたのではないでしょうか.
またしても余談ですが,このキャラクターだけ専用の劇伴があります.
突然ゆで卵を取り出す不思議系,ずるいかわいい.
光の扱い方
みぞれから見た希美にはほとんどのシーンで光源が一緒(主に後ろ)に描かれています.時には希美以外のキャラクターが暗く,色温度を下げるほど顕著になることも.これはやはり,みぞれにとって希美が絶対的な存在であり,未来を照らしてくれる灯火となっていることを表しているのだと考えられます.
また,生物学室でうたた寝するみぞれに希美のフルートに反射した光が届くシーンが非常に魅力的でした.あの光はみぞれにとって道しるべのような存在であったのでしょう.また,希美視点で考えれば,いつも見てるよという心の表れであったのかもしれません.
被写界深度について
山田監督と言えば,被写界深度のによる演出が有名ですよね.
今回の作品でも,みぞれ視点では希美以外をぼかし,希美しか見えていないという演出をしたり,希美視点では橋本先生がみぞれを指導シーンで,2人を強調するように見せていたりと,その力を全開で発揮しています.
しかし,やはり今回の見どころは後半の演奏シーンだと思います.後半の演奏シーンではみぞれがその真価を発揮し,動揺する希美というのをこのぼかしで美しく表現しています.演奏中のみぞれの視点ではいずれも希美にフォーカスが絞られており,その他の人物や背景がぼんやりとしています.対して希美の視点になると,点々といろいろな場所に視点が映るものの,どこへのピントも上手く合わない状態になっています.
また,演奏後に生物学室で2人が話すシーンでは,みぞれを映す希美の視界がぼやけてしまう演出がなされています.
これは希美の涙を表現しているからだと考えられます.これ以降も希美の直接的な泣き顔は描かれず,落ちる涙や赤い目尻のみとなっています.
あそこまで感情的なシーンを,その感情の最中にいるキャラクターの表情なしで魅せるこの演出には度肝を抜かれました.自分の本心を素直に伝えられない希美”らしさ”があの演出から汲み取れたように思います.
また,『大好きのハグ』のシーンで息詰まる,声にならない"音"を生々しく演じる東山さんの演技も非常に良かったです.
さらに,このシーンでみぞれが背伸びして希美にハグしているのも印象的でした.何があってもみぞれから見た希美は自分より先にいる存在なんだという思いを感じられるカットですね.
希美の顔
みぞれが持つ音大のパンフレットを見て,希美が「私も音大受けようかな」というシーンでは希美を後ろ,または深く下げた顔を真横から映しており,希美の顔が見えないようになっています.
また,希美が音楽室で会計処理をしているシーンでみぞれと希美が音大に行くという話題になったシーン.みぞれの「希美が行くから行く」と言う台詞に続く,希美の「何,本気にしてるの?」という台詞でも希美の顔は映りません.
さらに顕著なのは,みぞれが「プールに誘いたい人がいる」と言った瞬間.ちょうど希美の前に人が横切り,希美の顔が見えないようになっています(次の瞬間希美は笑顔になっている).この後の「へー,誰?」と言う台詞の声のトーンの下げ方も最高でした.これは声優さんの力ですね.
キャラクターの顔を映さないというのは『聲の形』の植野が話すシーンでも使われていました.これはキャラクターの言葉と本心が一致していないという演出だと思います.
パンフレットを見るシーンで言えば,みぞれの「希美が行くなら私も行く」に続く,希美の「へ?」と言う台詞とともに希美の顔が上がり,顔全体が映るようになります.これは,みぞれの突飛な台詞に驚き,希美が思わず我に返ったと考えられますね.
滝先生と新山先生
新山先生がみぞれと『リズと青い鳥』のお話をするとき「フルートとオーボエの掛け合いがリズと青い鳥を表している」と言います.
また,滝先生も「第3楽章ではフルートの問いにオーボエが応える」と言っています.
この発言はどちらもフルート(希美)=リズ,オーボエ(みぞれ)=青い鳥という順に表現されていますので,先生方はみぞれと希美の本当の位置関係を見抜いていたのかもしれませんね.
鳥で魅せる演出
本作では鳥を演出的に取り入れているカットが随所に存在します.その中でも私が特に取り上げたいのは以下の4点です.
- みぞれと梨々花の演奏
夕暮れの中,みぞれと梨々花がオーボエのセッションをするシーンで窓の外に鳥が1羽が羽ばたいています.これは,みぞれは希美がいなければのびのびと羽を伸ばして演奏できるということを表しているのではないでしょうか.
また,このシーンは,
演奏中のみぞれと梨々花 → 大空を羽ばたく鳥 → 音楽室にいる希美 → 羽ばたく鳥に気が付き,すぐに目を逸らす希美
という構成になっています.
これだけの画面構成でリズと青い鳥の関係をみぞれと希美に投影し,みぞれ(青い鳥)の実力(翼)に気が付いていながら,自分のもと(鳥かご)から放してあげられない希美(リズ)の葛藤や依存心を表現できており,圧巻としか言いようがないです.
- 麗奈と久美子の演奏
麗奈と久美子が校外でみぞれと希美のパートを演奏しており,それに気付いたみぞれが廊下の窓を開けて2人の演奏を眺めるシーンです.この時,窓の外を素早い鳥が1羽すっと抜けていきます.これは夏紀が言う「力強いリズと青い鳥」をみぞれが感じ取ったことを表しているように思います.
また,みぞれが自ら窓を開けるシーンはみぞれが飛び立つときが近いということを表していたのかもしれません.
- みぞれのオーボエが好き
『大好きのハグ』のシーンで希美がみぞれに対し「みぞれのオーボエが好き」と囁く場面があります.この直後,夕日に照らされた小鳥の影が勢いよく廊下を駆け抜けていきます.これは,希美のこの台詞が鳥かごを開ける言葉であったからではないでしょうか.
廊下に写された窓枠の影は鳥かごの支柱のようにも見え,その後小鳥が大空へ飛び立って行ったのではないかという情景が思い浮かぶ演出となっています.
- 並んで舞う2羽の鳥,2人窺う青い鳥
作品終盤,みぞれと希美が本心を打ち明けた後で,2羽の鳥がじゃれ合うように大空を舞うカットが挿入されます.
また,作品冒頭と対比して描かれている2人が音楽室に向かうシーン(このときはみぞれが音楽室を,希美が図書館を目指している)では,青い鳥が図書館にいる希美を窺い,続いて音楽室にいるみぞれのもとに飛んで行きます.
これは『リズと青い鳥』という物語に縛られない『ハッピーエンド』の結末に2人が辿り着くことができたということを表しているように感じます.
両方が鳥で両方がリズになってもいいじゃないか,行き先が違っても,別の場所にいても,それぞれの未来へ向かって一緒に頑張って行こうじゃないか,と.そんなことを訴えかけてくるシーンではないかと,私は思っています.
それを踏まえて最後の水彩風の青色シミと赤色のシミが混ざり合っていくカットを見ると,2人の心が解け合うという表現と併せて,リズと青い鳥の同一化という演出のように見えてくるのではないでしょうか.
このように,この作品では鳥のカットが数多く挿入されています.このほかにも,十字の影を鳥かごのように見立て,その中をくるくると舞う鳥の影,みぞれと希美がじゃれ合うシーンの後に挿入される並ぶ2羽の鳥,みぞれが心の中で梨々花と仲を深め始めた頃に挿入される手摺りで休む青い鳥(まだ飛び立てない青い鳥)などなど.
先に山田監督は足元でキャラクターの心情を表現すると書きましたが,この作品では鳥も同じく,その時のキャラクターの心情や関係を代弁していたのでは,と思います.
disjoint→joint
『disjoint』を和訳すると『互いに素』という意味になります.作中で数学の先生が説明していますが,『互いに素』とは『共通の素因数を持たない2つの数』のことです.また,『互いに素』のにはある規則性が分かっており,『隣り合う数』は必ずこの条件を満たすそうです.
これらのことから『disjoint』がみぞれと希美の関係を表していることが分かります.周りから見ればいつも一緒にいるようですが,実は彼女らの想いは共通していません.
彼女らの足音も然り,椅子に座るタイミングも然り.冒頭にみぞれが放った「嬉しい」と言う台詞も希美には『リズと青い鳥』が課題曲に選ばれて嬉しいという意味に捉えられてしまいます.
作中冒頭からずっと,お互いを大事に想っているもののその感情はどこか噛み合わない状態でした.
それが『大好きのハグ』を経て,別々の目標を掲げ,最後の『ハッピーアイスクリーム』でやっと一致します.
この物語を通してみぞれと希美は隣同士でなくとも共通の想いを持った自然な関係を築くことができたのだと思います.
余談ですが,強調して描かれていた希美のポニーテールや足元のカットは『大好きのハグ』でみぞれが列挙する項目の布石だったのでしょう.
下校するみぞれと希美
今までと変わらず希美の後ろを歩くみぞれですが,音楽の話をするシーンでは先に階段を降りる希美よりみぞれの方が高い位置にいるような構図になっています.
これは言うまでもなく,みぞれと希美の演奏の実力を表す構図となっています.
後ろを歩くという位置関係をキープしながらみぞれを高い位置に置く自然な構図作りにはやはりただならぬものを感じますね.
そして,1番最後の『ハッピーアイスクリーム』のシーン.この最後の最後の場面でようやく2人の目が合い,2人の台詞が一致する場面で同時に今までバラバラだった足音の波長重なります.
1時間半の作品でようやく2人の足並みが揃ったんだなと感じる,酷く感慨深い終わり方で,視聴後の脱力感が凄まじかったのを覚えています.
まとめ
書きたいことをまとめているうちにだいぶ時間がかかってしまいましたが,なんとか文字に起こすことができました.しかし,やはりこの作品には言葉にはできない台詞の間や空気間が感じられます.
日本語は世界的にもその単語数が多く,曖昧な表現を得意としている言語です.しかし,それでも足りない,もっと高次元で入り組んだ雰囲気を映像が音が間が補完し合い,キャラクターの言動をより深いものへと誘う,映像作品の在り方を考えさせられるような作品でした.
ひと言で表すならやはり『エモい』ですね.
何はともあれ,映画『リズと青い鳥』は非常に良い作品だったので,まだご覧になっていない方はぜひ劇場に足を運んでみてください.
この作品は劇場の音響設備があってこその作品だと思うので,騙されたと思って1度だけでも!!
今回は私の長い作文に付き合っていただき,本当にありがとうございました.
今後も何度か見直して,随時追記するかもしれません.
それではまた,機会があれば.
以上.